電力とオートメーション分野大手のABBグループでCEOを務めるウルリッヒ・シュピースホーファー(Ulrich Spiesshofer)と、ソーラーインパルス計画を推進する、科学者で冒険家のベルトラン・ピカール(Bertrand Piccard)が、開拓精神の育成と不確かな時代の中での人々の動機付けなどをテーマにして交わした対談をご紹介します。

既成の限界を押し広げて不可能を可能にする冒険と、古代からの人類の空を飛ぶ夢。ソーラーインパルスの格納庫を訪れたシュピースホーファーは、将来の夢が 現実になる過程を自分の目で確かめました。ここでは、太陽からのエネルギーの動力だけで、昼も夜も飛び続けることのできる初の飛行機ソーラーインパルスの 準備に、各分野から選りすぐられた専門家が働いています。有名な冒険家と発明家の家系に生まれたピカールは、一人がけのコックピットに、パートナーのアン ドレ・ボルシュベルグと交替で乗り込んで世界一周飛行を目指しています。開拓精神と不確かな見通しの中での行動について交わした対談の中で、再生可能エネ ルギー、とくに太陽光エネルギーの技術に傾ける情熱を共有し、多国籍技術グループのトップと、いま脚光を浴びる技術ベンチャーを推進する冒険家の2人に は、驚くほど大きな共通点があることが分かりました。対談が終わった後も、さらに話の続きをするために2人は再会を望んでいました。とくにピカールは、そ の週は72時間の耐久訓練でフライト・シミュレータに隔離されるため、「できれば深夜2時から朝5時の時間に話し相手が欲しいのだけど」と語っていまし た。

シュピースホーファー:ピカールさん、あなたは普通の人たちとは、ちょっと違った環境で育ったそうですね。ご祖父は、気球で成層圏まで昇った有名 な冒険家だし、お父さんは海の最深部まで到達した人物ですね。そんな環境があなたの生い立ちにどんな影響を及ぼしましたか? ピカール家の食卓でどんな会話が交わされたか想像できないですね。

ピカール:小さい頃からずっと父と祖父から話を聞かされて育ちましたし、父と親交のあった訪問客の話もよく聞きました。ロケットの開発で有名な フォン・ブラウンも何回か家に来ましたし、アメリカのNASAの宇宙飛行士や、登山家、探険家、環境運動家、映画監督なども度々やって来ました。ですから 自分には、そんな特別な人たちの世界が普通になっていて、不安のない、お仕着せの常識というか、規定の枠組みの向こう側に、どんなおもしろい生き方がある かを見ながらずっと子供時代を過ごしましたよ。そういう人たちしか判断の基準がなかったから、むしろ常識的な人に会うことがあると本当に驚いたものです。 最初は、その人たちの方が例外なのだと思っていました。だから、残念ながら世の中の大半の人は、未知のことに不安を感じるばかりで、変化や不確かさを避け て通ろうとする事実を知ったとき本当にショックを受けました。でも、ABBのようなグローバル・グループのCEOの立場では、不確かな見通しの中で突き進 んでいくのは、日常茶飯事なのでしょうね。今日の世界で、不確かさに尻込みしていては、CEOとしてやって行けるとは思えませんからね。

シュピースホーファー:まったくその通りですよ。でも、それは今に始まったことではないですね。以前からも、大きな会社を経営して、数千、数万の 社員とその家族の生活を担うには、不確かさの中を切りまわす能力が求められたはずです。近年では、不確かさの性格が少し変わったのは事実ですが。新素材や 新技術の関連や、グローバルな経済や金融システムの安定性まで、どんな経済領域であっても確かな長期的見通しというものは、今ではほとんど皆無です。です から優れたリーダーであるためには、不確かさを日々の営みの一部として受け入れるしかありません。不安にひるむことなく、覚悟をもってかき分けて進む姿勢 ですね。

ピカール:人は日常生活の中でも不確かなことを重荷に感じるのが普通ですから、大きな組織の全体に、不確かさに進んで立ち向かう姿勢を社内文化として浸透させることは、格段に難しいでしょうね。

シュピースホーファー:そうですね。でも不確かな見通しの中で平静を保つことは、少なくともリーダー的な役割を負う人間にはとても大切なことで す。どの道をたどって、どこを目指すかをはっきりさせておけば、不確かさにまつわる不安はやわらぎます。長期的な目標をいつも念頭において、途中でどんな 乱流に巻き込まれても、それを忘れないことです。不確かな状況につつまれると、人は理性的な判断よりも感情的な反応が先に立つものでしょ。ギリシャの例が そうでした。ギリシャの経済が崩壊しかけたとき、世界中がパニックに陥りましたね。でも考えてみると、世界経済の規模に比べればギリシャは小さなもので す。あれほど全世界がうろたえたのも、すべて感情的な反応でしかありません。ピカールさんも、空を飛んでいるときに、前方に厚い雲や雷雲が迫るのを見たか らといって、ただちに計画をあきらめたりしないですよね。きっと新しい状況をよく見極めて、次善の策を考えるはずです。

ピカール:もちろんです。しかし、リーダーの立場の人間でも、とくに実業界では技術の変化に頑固に抵抗して、結局は会社をつぶしてしまう例をとき どき見かけませんか。そういう会社の幹部は、現在の状態がそのままいつまでも続くと思い込んでしまっていて、逆に不確かさをうまく利用して、会社を積極的 に導くことを知らないのですよね。

シュピースホーファー:その通りですね。実はABBでも、身にしみてそれを感じています。2002年ごろですが、ABBの経営は少しあぶない状態 だったんです。そんな時期のある日、わずか数時間の僅差で会社を破産させる、紙一重のところまで行ったことがあります。原因は、ごく基本的な規則が守られ ずに、周囲に目を配って警戒するレーダー機能が止まってしまっていて、実はレーダー自体も役立たずになっていたんですが。そのおかげで後の影響をよく調べ る時間もなく、十分に検討されていないままの判断を余儀なく次々と下したんです。リスクは承知のうえです。どれも会社の存続を左右するようなリスクです。 でも問題は、そのときに会社全体が味わった苦い経験を忘れることができなくて、現在でもいっさいリスクを受け入れようとしない人間が、社内にたくさんでき てしまったことです。このリスク回避の傾向は、会社にとって非常に危険なことです。

主翼の整備現場:チューリッヒ近郊のデューベンドルフ空港で、747ジャンボジェット機を上回る翼長をもつ主翼に調整を受けるソーラー飛行機
主翼の整備現場:チューリッヒ近郊のデューベンドルフ空港で、747ジャンボジェット機を上回る翼長をもつ主翼に調整を受けるソーラー飛行機

ピカール:でも、そんな変化の時にこそ、最高のチャンスが秘められているのではないですか。頭に湧き上がる疑問や疑いをそのまま受け入れることがで きなければ、新しいものは生まれてきません。固定概念の枠の内側に留まっているばかりです。どのような分野であっても、開拓精神とは、不確かさをかき分け て境界を押し広げることですよね。

シュピースホーファー:おそらく、あなたと私が同じように太陽光エネルギーに熱意を注ぐのもそれが理由でしょう。ソーラーエネルギー分野は、最初 のブームが去ってから、今のところ世界全体に冷めた空気が広がっています。実際、ソーラー業界が厳しい状況にあるのは事実で、いくつもの会社がダメになっ ているし、それもまだ当分続きそうです。でも、これは短期的な変動に過ぎません。私は、30年の見通しでソーラーエネルギーが全世界のエネルギーミックス の主力になることは間違いないと見ています。だからこそABBは、ソーラーインバータ分野でNo. 2のPower-One社の買取りに踏み切ったんです。もっとも3年前には考えられない額ではありましたが。当面は、経営も市場も変動的な状態が続くかも しれませんが、長期的には重要な市場で先頭に立つことができると見ています。経営の定石に従えば、この買取りはなかったはずです。しかし強力なリーダー シップの観点に立つと、年間売上高400億ユーロの企業が、果敢な目標を据えて、10億ユーロの投資をするのは無謀ではありません。

ピカール:私の立場からは、ABBの投資が再生可能エネルギーそのものに限らずに、エネルギー効率の改善にも大きな焦点を当てている点がうれしい ことです。この2つは切っても切れない関係にあります。ソーラーインパルスにとっても重要な問題です。いくら再生可能エネルギーの開発に力を入れても、そ の一方でエネルギーのムダ遣いが今の水準で続く限り、太陽光から、風力発電、バイオマス、地熱発電、水力発電まで合わせても十分なエネルギーを供給するの はいつになっても無理ですよね。エネルギーのムダをなくさなければならない。それにはエンジンのさらなる効率化や、一般家屋の断熱構造の改良、損失の小さ な送電方法の開発などが必要です。

シュピースホーファー:ABBが目指しているのは、経済的な成長から環境汚染を切り離すことです。GDPあたりのエネルギー消費量を抑えながら、 そのエネルギーも、再生可能資源から取り出すことです。ABBの目標を一言でいうと、それに尽きます。あなたの今回の計画の狙いも、結局この点を実証する ことにあると理解しているのですが。つまり、地球を消耗させずに、世界の営みを支えるのは不可能ではないということです。

「優れたリーダーであるためには、不確かさを日々の営みの一部として受け入れるしかありません。不安にひるむことなく、覚悟をもって、かき分けて進む姿勢です。」
— ウルリッヒ・シュピースホーファー

シミュレータで交わす真実の対話:フライト・シミュレータは、わずか3.8立方メートルの空間の中にソーラーインパルスの操縦席を厳密に再現しています。
シミュレータで交わす真実の対話:フライト・シミュレータは、わずか3.8立方メートルの空間の中にソーラーインパルスの操縦席を厳密に再現しています。

ピカール:どうやら私たちは、格好のパートナーにめぐり会ったようですね。私のチームは、壮大な計画で、ソーラー技術を夢のあるトレンドとして一 般の人たちに印象付けて、早く使ってみたいという気持ちを起こさせる。あなたの方では、この技術を産業的に製造して供給するという図式です。

シュピースホーファー:あなたと私の共通の理想に向かってこの世界を変えるためには、3つのことを実現する必要があります。1つは、経済的で環境 にやさしい技術が確実に利用できること。次に政策面で、この技術への投資を振興する規制や法律の枠組みが一貫したものであること。そして3つ目のとても重 要な点として、一般の人々の行動の側面です。人々の行動は、社会の変化に直接結び付きます。そして人々の行動は、けっして理性的な判断だけに頼ったもので はなく、つねに感情が大きな役割を占めます。ピカールさん、あなたにはこの感情のレベルで、きわめて大勢の人々に働きかける力があります。それが、ひいて は社会全体の変化を動機付ける触媒作用となります。だから2人が力を合わせることが大切です。そうすれば世の中を動かすことができます。

ピカール:そうですね。これは工学技術だけでなくて、人の行動様式のからんだ問題ですね。それならば、精神科医としての私の役割の出番です。精神 科医と技術者とで、強力なタッグが組めますよ。新しい技術を生み出しながら、同時にその技術を利用したいという気持ちを、人々に植え付けることができま す。現在のライフスタイルが気候変動にどんなに影響を及ぼしているかを人々にいくら教え込もうとしても、あるいはいろいろな規制をいくら施行しても状況は 変わりませんね。「環境保護」というものを、お金ばかりかかって面倒なものと印象付けてしまうと、そっぽを向かれます。人々の心をつかんで、そして見返り をもたらすことが大切です。未来をよくするといっても、何か現実のメリットが必要ということです。例えば、最高の電気自動車に乗れるようになるとか、最高 の断熱構造の家に住めるとか、あるいは最高のエネルギー効率の技術を生み出す会社になって、光熱費を減らすとかいったことです。

シュピースホーファー:ところで、「限界を押し広げる」ことについて、もう少しお聞きしたいことがあります。限界を押し広げることを突きつめると、無謀な方策に至ってしまうと思いますが、そのバランスをどこに置いていますか?

ピカール:私は今の自分や現状に、決して満足していられないので、実はバランスが取れているかどうかは何とも言えません。いつも、もっと多くのも のを欲していて、もっと良いものを求めています。この内側にくすぶる欲求が、開拓精神をかき立てているのかもしれませんね。今あるものに充足すると、自分 の枠の中に留まってしまって、限界は超えられません。以前の私の夢は、熱気球で世界を一周することでした。それが達成できた途端に、もう次は何をやりたい かと考えていて、それで今度は燃料を積み込まずに、同じことを成し遂げるというアイデアに至りました。そこから生まれたのがソーラーインパルスです。今回 のソーラーインパルスの計画をやり遂げた後も、きっと引退したりはしません。やりたい事はいくらでもあります。その点で言うとABBは、この格納庫なんか よりも、ずっと大きな事業の真っただ中にいつも置かれているのではありませんか。

シュピースホーファー:確かにそうですが、基本的な考え方は同じですね。会社の経営でも、一定水準の強迫観のようなものを、たとえパラノイアと言 われても、組織内に保っておく必要があります。現状をしっかり掌握しているか? もっとできることは無いか? 後ろから追い上げて来る会社は何者か? あるいはすぐ前を進む会社は何者か? 新しい道を開く機会を見逃していないか? こういった自問をいつも繰り返している必要があります。経営陣にこのような開拓の心構えがなければ、ABBは存続しません。お決まりのルールに安住してし まうと、事業は衰退をたどります。そして技術革新は、市場における会社の地位を裏付けるものです。新しい技術を、産業規模で実用化することによって、はじ めて会社で働く従業員たちに賃金を払うことができるようになります。それと同時に、会社は直接、間接を含めて、総計で大よそ50万人もの人々の生活に責任 を負っているのですから。いわゆる「一発勝負」の賭けも許されません。ただ幸いにして、現状の事業経営の中で、さまざまな手立てを、かなり自由に駆使する だけの余裕はあります。だから、その一部をやや型破りのことにつぎ込んでも、そのために経営のバランスを崩す心配はありません。ABBでは、最近この点を 伸ばすことに力を入れています。例えば、技術ベンチャー資金を設けて、ここ数年間で1.5億ユーロを、波力発電からコンピュータセキュリティまで、さまざ まな将来技術に投入しています。中には、かなり突飛な発想のものまであります。それでも「従来的な」研究開発に、毎年10億ユーロ余りをつぎ込むことでバ ランスが取れています。このバランスを保つことで、持続的な経営が可能になると考えています。

「壁にぶつかったと思っていても、後から振り返ると、幸運な前進のきっかけだったということが少なくないですね。」
— ベルトラン・ピカール

ピカール:でも、その強迫感をどうやって植え付けますか? 人々が現状に安住してしまわないようにするのが問題ですよね。あなた自身がその気持ちを持ち続けることができても、会社全体にそれを浸透させるのは、容易 なことではないでしょう。この点には、精神科医としてでなくとも、とても興味があります。

シュピースホーファー:社内で一つの指針にしているのは、自己満足を避けることです。自分で良いと思っていても、実は十分でないかもしれませんよ ね。ときには外部の基準を持ち込むのもいいことです。例えば最近、管理職の1人が、ある製品の現場故障率を25パーセントから12パーセントに下げること ができたと、誇らしげに報告したことがありました。しかし反対に、もしボーイング社の旅客機に12パーセントの故障率があれば、飛行機に乗る気になるか と、たしなめられていましたよ。慢心を避けて変化を促すには、信頼できる外部からの刺激を与えることも必要です。もちろん、安定した現状から過度に追い立 てることも控えています。抑圧を生んで逆効果になりますからね。自分のやっている仕事に、問いかけを促すのが目的です。問いかけは、外部の基準や内部の相 互比較によって生まれます。社内ではこの手法をよく使っていますよ。

ピカール:ソーラーインパルスの場合は、ボルシュベルグと私で、ここで働く全員に、なぜその仕事をしているかを意識させることに努めています。仕 事を指示するときには、それをする意味もかならず話します。私は技術者ではないので、電動機の仕組みを話すことはできません。でも、電動機の効率を最大限 に引き出すことによって、世界を一周するソーラー飛行機が実現し、人々がこの新技術に寄せる熱い思いをかき立てることができると話せば、チームの各人の意 気込みが違ってきます。要するに個別化した仕事だけでなく、その先につながる大きな目標にも視点を置くことですよね。カーボン材を接着するばかりの作業が 続いても、作っているのは、燃料を使わずに5昼夜連続で飛行し、海をまたいで大陸間を飛ぶ初のソーラー飛行機なんです。アメリカ横断飛行の最後にニュー ヨークに到着して、パン・ギムン国連事務総長に公式に迎えられたとき、その名誉は私たち全員が受けたものでした。

「失敗する覚悟もしながら、より高いところを目指すのが本当ですね。失敗が恐くて前に進めないようでは、リーダーではありませんからね。」
— ウルリッヒ・シュピースホーファー

シュピースホーファー:一つの目標に向かうことが、情熱に火をつけるうえで大切ということですね。あなたの場合は世界一周飛行であり、私たちの場合は「電力と生産性でより良い世界を開く」ということになります。

ピカール:それにしても、そんな気持ちに乗ってくる人を見つけるのも、計画に賛同してくれる企業を見つけるのも難しくて、私たちの目標など現実ば なれしていると突き放されることも多いんですよ。航空機会社や大手の電力会社からは、それで協力が得られませんでした。計画のもつ意味を分かってもらえな かったようです。

シュピースホーファー:リスク回避の傾向が強いのかな?

ピカール:想像力が足りなかったのではないですか。

シュピースホーファー:惰性的な日常業務に立ち向かうことは、ABBでもしょっちゅうですよ。基本的に社員の多くは、現状を維持することで賃金を もらっているかのように思っているようです。たしかにABBのような大きな会社では、ある程度の維持業務もありますが、たとえそういう業務でも、仕事のや り方を日々改善していくことはできます。そこで私がいつも話しているのが、一人ひとりが仕事を終えて帰宅したときに、今日は前日と比べてどんな違いを仕事 に加えただろうかと、ちょっと自問してほしいということです。オフィスの清掃業務だからといって、あるいは数十億規模のポートフォリオを操る仕事だからと いって変わりはありません。改善の余地はどこにでもあります。それが、やる気をもって楽しく働くコツのはずです。追い立てられて働いていると、不満が残る ばかりですからね。
私は、各地の工場やオフィスに赴くと、組織を縦横無尽に立ち回り、いろいろな人たちと会うようにしています。先日も、ある工場で働いている従業員のところ に行ったとき、しばらく仕事振りを見てから、あまり能率のいい仕事のやり方じゃないねと話しかけたんです。すると、彼はその通りと言って、自分が考えてい る能率的なやり方を話してくれたんですよ。だから、何故そのやり方をこれまで提案しなかったのかと言うと、「誰も訊いてくれなかったから」というのが答え でした。大きな組織が取り入れる必要のある大切な要素を、これが象徴していると思いませんか。人は、自分は組織に貢献することができ、貢献するのが大切な ことであって、上層部がそれを評価してくれるという意識を持てることが必要なんです。

「手をバタバタと羽ばたかせても人が空を飛ぶことはできません。物理法則は、いくら願っても変わらないものです。けれども限界というものは、頭の中に自分で作り出し、信じ込んでしまうものですから、そんな限界は打ち破るしかありません。」
— ベルトラン・ピカール

ピカール:ソーラーインパルスで、私たちが取り入れた違いと言えば、さまざまな分野から人材を集めたことです。F1レースや、船舶分野、航空分野 の出身者も何名かいます。自分たちで設計した機体を作ってくれる航空機会社が見つからなかったので、船を建造している会社に依頼しました。レースヨットの アリンギを作っている会社です。この会社は、飛行機の作り方は知らなくても、炭素繊維材の使い方をよく知っています。彼らの知識と、こちらのチームの技術 を組み合わせることで、すばらしい結果を生み出しました。

シュピースホーファー:多様性が技術革新や能率改善を進めるとか、人々に違った考え方を促して優れた成果に導くとかを説いた本や論文はたくさんあ ります。しかし実際において多様性を現場に持ち込んで、さまざまな分野にいた人材を共通の目標に向けて機能させようとすると、困難にぶつかりがちですよ ね。

ピカール:正直に言って、私たちのような小さな所帯でも簡単なことではありません。そこでソーラーインパルスでは、2人でリーダーシップを取る方 式を取り入れました。一方にボルシュベルグがいて、もう一方に私です。ボルシュベルグはエンジニア、私は精神科医であり、彼はトップパイロット、私は冒険 家です。2人を合わせると、かなり広い専門領域をカバーできて、ほかのメンバーの求めに協力して応えることができます。メンバーたちの方でも、2人のやり 方をよく見て理解するとともに、混成チームの難しさもよく分かってくれています。

シュピースホーファー:大きなグループ企業のCEOとしての私の役割は、オーケストラの指揮者のようなものです。いろいろな楽器をハーモニーにま とめて、聴衆の好みにぴったり合った曲を演奏させます。私がする仕事は、それぞれの目的に応じて、チームの編成を計画することです。例えば、日常の生産性 改善が目的であれば、それに合わせたチームを集めます。あるいは、次世代携帯電話を組み上げるのが目的ならば、また違った顔ぶれになります。とくに携帯電 話の際には、精密位置決め装置に詳しい神経外科医を呼ぶことになりました。最近でも、保険数理学者を集めて、ABBの技術者とともに、ちょっと変わった新 しいサービス製品を開発しました。アイデアや計画は、手元に無数にあります。その目的を達成するために、チームに必要な能力を見極めて、適切な人材を集め ることが技術です。チームに欠けている能力を補うために、まったく畑違いの経験を持った人物を参加させることもあります。やはりリスクはあります。ねらい 通りに行かないこともありますからね。

ピカール:もし、いつでも1回で成功して、自分の考えに異を唱える者もいなくて、誰からも全面的に信頼してもらえるようならば、それは十分に果敢な行動を取っていないということですよ。

シュピースホーファー:確かにそうですね。失敗する覚悟もしながら、より高いところを目指すのが本当ですね。失敗が恐くて前に進めないようでは、 リーダーではありませんからね。少し前に、中国市場の獲得を目指して、それまでの50パーセントの原価で、パワーエレクトロニクス・デバイスを開発する チームを編成したことがあります。そのときも、声をそろえて不可能だと言われました。

ピカール:まさしく何かにチャレンジしようとした時に、決まって返ってくる答えですね。それでこそ闘志がわきませんか。

シュピースホーファー:その通り。そこで年間1200万ユーロの予算を与えて取りかからせました。私は、デバイスが可能だと思っていたし、チーム の力も信じた。結局ふたを開けてみれば、製品の発売までこぎ着けることができました。その過程では、もちろん壁にぶつかったし、かなりの費用もかかりまし た。けれども、その製品のために、まったく新しい設計を組み上げることで、最終的には製品を完成できたんです。私の基本的な考え方は、会社というものは、 失敗が許されるところであって、失敗から互いに学びあえるところにすることです。今のABBの課題は、リスクの点で何が許されて、何が許されないかについ て、多くの人間が固定化された観念を持ってしまっていることなんです。会社の存続を脅かすようなことは避けながらも、この限界をなんとかして押し広げたい と思っています。

ピカール:壁にぶつかったと思っていても、後から振り返ると、幸運な前進のきっかけだったということは少なくないですね。ソーラーインパルスで も、主翼の中央を貫く主桁の製作でそういうことがありました。40人の人手で、設計と製作に8カ月をかけ、ポリマーを硬化させるために64回もオーブンに 入れて作り上げたものが、最終の荷重試験にかけるとメリメリッときてボキッです。本当に大きな音がしました。そのため世界一周の計画はまる1年遅れて、 2014年の予定から2015年に延期せざるを得なくなりました。計画の大頓挫というところでしょう。でも、それは考え方次第です。メリットとして、新機 体の試験飛行に予定していた2013年は、運用側のボルシュベルグも私も手すきになりました。技術サイドは、主桁の再製作に取りかかりますが、2人にでき ることはありません。そこでアメリカ横断飛行を決めたんです。以前にも思い描いた夢ですが、スケジュールに組み込む余裕がなくて諦めていました。それが結 果的には、ソーラーインパルスにとって、これまでで最大の成功になったのです。政府をはじめ、州の当局、各地の空港まで、あらゆる方面から支援を受け、 ニューヨークでは、国連のパン・ギムン事務総長に迎えられました。全世界に大々的に報道されたことで、世界一周飛行への関心も大いに高まりました。チーム にとっても、とても大きな励みになっています。

「もし、いつでも1回で成功して、自分の考えに異を唱える者がいなくて、誰からも全面的に信頼してもらえるというなら、それは十分に果敢な行動を取っていないということですね。」
— ベルトラン・ピカール

シュピースホーファー:ところで、どうにもならない障壁にぶつかったときに、それを前向きに受け入れるために、とくに自分で活用している心の持ち方のコツなんかはありますか?

ピカール:そんなときは、頭と気持ちをオープンに保って、自分の人生と将来の可能性を、広く開いておくように心がけています。チャンスを逃さない ためにも、必要であれば進んで失敗を受け入れて、柔軟に軌道修正するためにも、オープンな姿勢でいなければなりません。実は24歳のときに、マイクロライ トプレーンの会社を設立したことがあります。世界中の観光地に、2人乗りのマイクロライトプレーンをパイロット付きで用意して、観光客に簡易ツアーを楽し ませる趣向のものです。これは大失敗でした。認可の取得まで思いが回らずに、結局1回の飛行もできずに終わりました。人によれば、世の中の壁にぶち当たっ たとか、人生の挫折とか言うかもしれません。でも私は、単によい経験をしたと考えることにしました。

シュピースホーファー:私の小さな頃は、あなたのような目立った出来事はありませんでしたが、祖父がよく口にしていた有名な言葉を思い出しまし た。「明日にはまた日が昇る」とよく言っていたんです。傲慢になるのでなく、でもキリッと自信を持って、この姿勢で人生に臨むことができれば、失敗だの成 功だのということも、ずっと鷹揚に構えて見ることができるのではと思います。もっとも、けっして無視のできない境目はありますが。

ピカール:それはもちろんです。いくら手をこう羽ばたかせても、人が空を飛ぶことはできません。物理法則は、いくら願っても変わらないものです。 でも限界というものは、頭の中に自分で作り出して信じ込んでしまうものですから、そんな限界は打ち破るしかありません。たとえ自分でできないと思っている ことでも、試してみるべきです。ひょっとしたら出来てしまうかもしれませんからね。

2013年のアメリカ横断飛行を前に、サンフランシスコ上空を滑らかに飛行するソーラーインパルス
2013年のアメリカ横断飛行を前に、サンフランシスコ上空を滑らかに飛行するソーラーインパルス

シュピースホーファー:ABBでは、絶対に譲ることのできない条件が2つあります。1つは職務上の安全衛生です。たとえ顧客に尽くすためであって も、生命を危険にさらすことは求められません。もう1つは倫理の意識です。会社の中に、倫理に反する行為は認められません。この2つの点については、いっ さい妥協を許さないことにしています。でもあなたの場合、冒険を極限まで突きつめると、ほかの人も含めて身体や生命を危険にさらすことが起こるのではない ですか?

ピカール:そのことについては、よく話をします。例えば、熱気球による世界一周飛行に出発するときは、パートナーのブライアン・ジョーンズと、ど こまでリスクを受け入れる覚悟をするかについて話し合いました。それで、脚や腕の骨を折ったり、寒さや暑さ、そして飢えの危険は受け入れることとし、脊髄 を傷めるような重症や、生命の危険までは避けようということを決めました。ですから、もしも激しい雷雲に巻き込まれれば、たとえゴールにあと一歩のところ でも、飛行を諦める覚悟でいました。

シュピースホーファー:それは大切なことですね。ABBで言えば、社内でどこに線引きされているかを、従業員が知っておくことが重要です。ABB で働く限り、身体を危険にさらしてはいけません。そして倫理に反する行為を受ける心配はなく、同時にほかの人にも同じように接することが求められます。た いていの事柄は、事情を汲んだ柔軟な判断ができるものですが、この2点については妥協はありません。

ピカール:これは限界そのものよりも、許される行為と許されない行為を定義する、行動規則の明確な規定の問題ですね。今日は技術や組織について話 し合ってきましたが、基本的には生き方全般もテーマの一部になっていましたね。人は、日常生活の中でも、学校に通う子の世話や、食事の支度、勉強、就職、 そして結婚など、いろいろな課題と仕事の遂行の連続ですから。これまで話してきた心構えは、そのどれにもそのまま当てはまるでしょ。その意味でも、私に とってソーラーインパルスは、技術的なプロジェクトであるだけでなく、精神科医としての役割にも引き戻してくれるものです。ソーラーインパルスについて は、多くの人たちから励みになったとか、希望を与えてくれたとか、新しい考え方を学んだとかいった感謝の言葉をいただきます。それが、この仕事をしている 最大の報いかもしれませんね。

チューリッヒ近郊にあるデューベンドルフ空港において、ソーラーインパルスを収める格納庫内で対談したベルトラン・ピカールと、ウルリッヒ・シュ ピースホーファー、そして収録に立ち会ったエゴンゼンダー(ジュネーブ)のガエル・ボアと、エゴンゼンダー(チューリッヒ)のフィリップ・ヘルティッヒ

ウルリッヒ・シュピースホーファー

1964年生まれ。シュトゥットガルトで経済学と工学を修め、1991年に経済学博士の学位を取得。その後ほぼ15年を、A.T. Kearney、後にRoland Bergerなどのコンサルティング会社で過ごす。2005年に、ABBグループHead Corporate Development EVPの職に就き、グループ戦略、M & A、オペレーショナルエクセレンス、サプライチェーン管理などを担当する。ABBは、スイスの電力およびオートメーション技術グループとして、1988年 にスウェーデンのASEA社とスイスのBrown, Boveri & Cie.(BBC)社の合併によって設立されたが、2000年代初頭には、きわめて厳しい状況を切り抜けている。今日のABBグループは、世界中に事業を 拡大して、売上高は大よそ400億米ドルにのぼり、100カ国で約14.5万人の従業員を抱える。その中でシュピースホーファーは、社内戦略の策定と遂行 のほか、グループの企業買取り戦略の立案や、有望な技術会社に向けたベンチャー資金の設立も担当。2009年には、Discrete Automation and Motion Divisionの代表に任命され、その指導力によって、事業部の売上を倍増させた。ABB設立以来の最大規模である、米国のBaldor社の買取りで も、会社の統合に手腕を発揮している。また、目標を定めた拡張計画を打ち出し、事業部の市場シェアを広げるとともに、エレクトロモビリティ、無停電電源な どの新事業分野を開拓するほか、浸透地域の拡大を実現した。さらに米国を拠点にするPower-One社の買取りでは、ABBをソーラーインバータの大手 サプライヤの地位に立たせている。2013年9月15日に、かねてから発表されていたように、ジョー・ホーガンの後を継いでABBのCEOに就任した。 ABBでの多忙な職務の合間には、家族を中心にした生活を楽しむ。ナタリー夫人と、11歳と15歳になる2人の息子とともに、チューリッヒ湖畔のゾリコン に住み、所有のボートで趣味のセーリングに出ることもある。冬にはスキーを愛好するほか、クラリネット、サキソフォーン、アコーディオンなど、さまざまな 楽器を演奏する。

ベルトラン・ピカール,

1958年に、冒険家で有名な家に生まれる。祖父オーギュスト・ピカールは、1932年に気球に乗って成層圏まで昇り、地球の丸みを目にした初の 人類。父親は海洋探検家のジャック・ピカールで、オーギュスト・ピカールの発明したバチスカーフ式深海調査船トリエステに乗り込んで、マリアナ海溝で 10,916メートルの深海に潜る世界記録を打ち立て、初めて海の最深部まで到達した。ベルトラン・ピカール自身は、1999年にブライアン・ジョーンズ とともに熱気球に乗って、無着陸の世界一周飛行を初めて成功させている。16歳の頃から、当時新しいハンググライダーとウルトラライトプレーンの分野を開 く乗り手の1人として、すでに欧州で有名であり、長距離飛行、高度上昇、曲技飛行、動力飛行、ハンググライダー、スカイダイビングと、あらゆる種類の飛行 に挑戦している。曲技飛行で欧州チャンピオンの栄誉に輝くほか、高度の世界記録を樹立し、ほかにもウルトラライトプレーンでアルプスを越えるなど、いくつ もの世界初の業績を記録している。しかし、記録や冒険のほかに、飛行のもう一つの側面にも取りつかれ、極限状態に置かれたときの人の行動や、さまざまな意 識水準の研究にも取り組み、精神医学を学んで、ローザンヌ大学病院で上級医師として働いた後、精神療法の個人医として開業している。科学的な探検ととも に、地球環境の保護と、より高い生活の質を求める家系の伝統にたがわず、現在ピカールが、パートナーのアンドレ・ボルシュベルグと取り組むソーラーインパ ルス計画は、太陽エネルギーを使った動力飛行機で、世界一周飛行を目指すものである。2012年には、国連の「地球大賞」を受賞し、そのとき次のような賛 辞を贈られている、「慣れ親しんだ確実性と典型の枠の外に出て活躍するパイオニアであり、探検家、イノベータであるピカール博士は、未来を展望して、人々 にそれを広める役割において、並ぶ者のない第一人者である。…… ソーラーインパルス計画の着想と推進によって、プロジェクトのきわめて先進的な理念を打ち立てるとともに、その象徴的な影響力によって、各国の政府が、よ り果敢なエネルギー政策に踏み出すことを促した。」さらにブライアン・ジョーンズとともに、ウィンズオブホープ基金を設立して、アフリカのノーマ病(水 癌)など、人々に忘れられがちな病気の問題にも取り組んでいる。ピカールは、ローザンヌ近くに3人の娘のある家庭をもつ。



写真:MATTHIAS ZIEGLER