ミレニアル世代が、政治やビジネスにどのように関わっていくか、また私たちの未来を形づくる重要な問題への取り組み方の重大なシフトをどう推進しているかについて、ムーブメント・アントレプレナー(社会運動起業家)のジェレミー・ハイマンス(Jeremy Heimans)と小説家のタイエ・セラシ(Taiye Selasi)が探ります。

現在成年に達している世代は、歴史上のどの世代よりもテクノロジー面で洗練され、文化的に見聞が広く、相互に世界的なつながりを持っています。ミレニアル 世代 ― 1980年代以降に生まれ、現在、世界人口の相当の部分を構成している世代 ― は、すでに有力な勢力として、政治体制やビジネスモデル、社会習慣を再形成しています。ジェレミー・ハイマンスとタイエ・セラシにとって、ミレニアル世代 が引き起こしている変化は、テクノロジー ― あるいは世間一般の通念が示唆するようなソーシャルメディアの力 ― とはそれほど関係がなく、むしろ、ミレニアル世代特有の物の見方(マインドセット)に関係しています。現代の若者は、政治的なことに活動的で、社会的責任 感があり、文化的に寛容で、変革を期待しています。ハイマンスとセラシは共に、この世代について幅広く考え、執筆してきた30代です。二人は異なる立場 ― ハイマンスは起業家、セラシは小説家、写真家、ドキュメンタリー作家 ― からこの主題に取り組む一方、二人は共に、自分たちのための場所を確保し、自分たちの声に耳を傾けさせることを目指すミレニアル世代の影響力ある代弁者と して台頭してきました。二人の対談は、ある肌寒い午後のロンドンで行われました。ハイマンスは、ダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会に出席し た後、米国へ戻る途上でした。セラシは、広く絶賛されている自身の小説、「Ghana Must Go」の朗読ツアーでロンドンに滞在中でした。

タイエ・セラシ:私たちは初対面ですが、二人共、同じ時期にオックスフォードで国際関係論を学んでいたみたいですね。世界は狭い。

ジェレミー・ハイマンス:オックスフォードにいらしたことは知っていましたが、同じ時期だったとは知りませんでした。私は2学期で中退しました。担当教授 はナイリー・ウッズ(Ngaire Woods)という、とてもカリスマ性のある素晴らしい女性でしたが、私は教授に自分のことを学者よりむしろ活動家だと考えていると伝えました。彼女の答 えはいまでも私の心に響いています。いわく、「活動家が世界にもっと増え、考えるだけの人間がもっと減る必要がありますからね」。それでオックスフォード を中退して、活動家の道に入ったのです。

セラシ:最近ある友人が私にこう言いました。「あなた、作家になっていなかったら、ジェレミー・ハイマンスみたいになっていたでしょうね」って。あなたがなさっているようなお仕事なら喜んでやったと思います。

ハイマンス:二人共、ストーリー・テラーですね。でも、あなたのほうが私よりも優雅にストーリーを語る。

セラシ:あなたのストーリーを聞かせてください。どんな形をとるのですか。

ハイマンス:私の手段は、人々を組織化し、人々が自分なりの力(power)や変革の担い手(agency)の感覚を発見する手助けをすることです。それ をとてもスリリングに感じています。パーパス(Purpose)がこれを行う1つの方法は、キャンペーンの企画です。人々や組織がそれの下に集結できるブ ランド、傘を開発します。現在は、例えばシリアのための国際キャンペーンを展開しています。特定の変革を達成することにターゲットを絞った行動も立ち上げ ます。

セラシ:陳情、寄付、ロビー活動とか?

ハイマンス:そうです。陳情、抗議、オフラインでの自己組織化といった形をとります。キャンペーンではまた、人々に各自のストーリーを語ってもらい、その後、そうしたストーリーが底辺から大規模に表面化できるようにします。

セラシ:それはとてもワクワクしますね。先日、いわゆる「ミレニアル・ファクティビスト(ミレニアル世代の事実に基づく活動家)」と呼ばれる、ソーシャル メディアやその他のテクノロジーを用いて人々の政治参加を図っている若者たちのグループと一緒に、国連総会でのパネルディスカッションに参加しました。 ジャフェス・オムジュワ(Japheth Omujuwa)というナイジェリア出身の素晴らしい活動家がいて、彼は石油子会社に対するよく組織された平和的な抗議をほんの数時間で招集することがで きました。ケニヤ出身の彼の同僚、ボニファス・ムワンギ(Boniface Mwangi)も同じことをやりました。彼は平和と非暴力を推進するため、ソーシャルメディアを使って60万人を動員しました。こうした新しいテクノロ ジーがいかにして、共通のストーリーを共有するナイジェリアやケニヤの人々を一つにまとめることができるかという点にはとても力強さを感じます。

ハイマンス:おっしゃる通りです。ここ1年間ほど、ヘンリー・ティムズ(Henry Timms)と一緒に、今起きていることを説明する助けになりうる言葉と枠組みを生み出すことに取り組んできました。私たちは、このシフトの根底にあるモ デルと価値観を表すものとして、「ニュー・パワー」という言葉を考え出しました。「ニュー・パワー」は、社会変革やその他の成果を推進するために、大衆参 加と仲間同士の協調に頼ります。これの好例は、クラウドファンディング・プラットフォームのKickstarterです。これは、立ち上げ後ほんの3年 で、米国文化プロジェクトの最大の出資者として、全米芸術基金を凌駕しました。あるいは、コメディアンでブロガーのベッペ・グリッロ(Beppe Grillo)。彼は、正式の政治組織を持たないにもかかわらず、先ごろのイタリアの選挙で大量の票を獲得しました。もう1つの好例は、短期アパートレン タルを求めている人とホスト(宿主)を結び付けるテクノロジー新興企業、Airbnb(エアビーアンドビー)です。同社は、ヒルトンやインターコンチネン タル、マリオットといった巨大企業を凌ぐ、世界最大の短期宿泊施設プロバイダーになっています。これらの例に共通しているのは、仲間同士の協調と多数の 人々の参加とによって可能になったネットワークにすべて依存していることです。

セラシ:つまり、力のダイナミクスがシフトしているということですね。TwitterやFacebook、Eメール、携帯電話の単なる使用ではなく。

ハイマンス:その通りです。ソーシャルメディアが世界をいかに変えているかについて、ありふれた話がたくさん語られています。まるで今見られている変化 が、おおかたテクノロジーに関係しているかのように。でも、それよりずっと大きく、より根本的で、より人間的な変化が起きています。オールド・パワーと ニュー・パワーという2つの異なる勢力の間の緊張増大によって主導された変化です。オールド・パワーの仕組みは、通貨(currency)に似ています。 それは少数が握っています。それは閉鎖的で、近寄りがたく、リーダー主導です。それは上から下に向かいます(ダウンロード)。それは命令(コマンド)しま す。ニュー・パワーの仕組みは流れ(current)に似ています。多数によってつくられ、開放的で、参加型で、仲間主導です。それは下から上へと向かい (アップロード)、共有(シェア)します。人々の間の非常に効率的な協調を可能にしています。それはAirbnbの場合のように、人々がホテルに頼ること なく様々なアパートに宿泊することを可能にしてしまうようなものなんです。

セラシ: Airbnbが地元のホテル税を回避していると主張するニューヨークのような都市にとって、それは大変な脅威になりますね。

ハイマンス:その通り。Airbnbは、活動の対価をはるかに広範囲に拡散させます。200万人のAirbnbホストが今やそれで生計を立てていますが、 これは、少数のオーナーを有するホテルチェーンとは大きく異なるビジネスモデルです。ですからこれは、好ましい展開です。

セラシ:ええ。でも、このニュー・パワーの行使が、それを可能にすることに参画した人々にとって好ましくないものになっているケースもあるにちがいありません。

ハイマンス:そうです。ダボスでの世界経済フォーラムでちょうどプレビューを行ったばかりの論文でその点を指摘しました。「ニュー・パワー」は本質的に好ましいわけではない。それは容易にオールド・パワーになり得ます。

セラシ:例を挙げてもらえますか。

ハイマンス:新興のテクノロジー企業の多くは、大衆参加と仲間同士の協調の持つダイナミクスに頼りますが、そうした企業が支持しているのはきわめてオール ド・パワー的な価値観です。参加を可能にして人々に変革の担い手(agency)の感覚をもたらすことと、登場してきた仲間(ピア)ネットワークを単に利 用することとは別物です。

「私たちが暮らしているこのコスモポリタン的世界は、多くの場合、お金、通商、利益に主導されています。そうしたモデルに目的と意味を注入するには、ある種の意思の働きが必要です。」
- タイエ・セラシ

セラシ:要するに、こうしたツールは非常に有力ではあるものの、利益につながるエンパワーメント目的にそれらを使いたい人々の手に握られなければならないのですね。

ハイマンス:その通り。利益には何も悪いところはありませんが、少しは目的を盛り込む必要もあるわけです。価値観の問題を真剣に受け取るなら、今あるモデ ルをちょっといじるだけではだめだということです。参加を可能にすることや、変革の担い手(agency)という集団意識を促進することに内在する価値を 認めるリーダーが必要です。

セラシ:目的や価値観がしばしば禁句ととらえられていることに好奇心をそそられます。私はヘッジファンドを利用して執筆生活を始めたのですが、そうした言 葉がいかに人々の目を泳がせるかよく覚えています。「またそのことか」とでも言うように深いため息をついていました。ジェレミー、私たちの任務の1つは、 人々へのこうした言葉の響き方を改めることだと思います。こうした価値観の重要性を実際には信じていながら、たぶんこうした言葉に懐疑的になるよう条件付 けられてきた人たちがたくさんいるのです。

ハイマンス:ええ、同感です。

セラシ:私たちが暮らしているこのコスモポリタン的世界は、多くの場合、お金、通商、利益に主導されています。そうしたモデルに目的と意味を注入するに は、ある種の意思の働きが必要です。それとともに、「目的」という言葉が出たときに、誰にも陰で舌を出させないようにする必要があります。価値観が肝心要 であることもはっきりさせておかなければなりません。

ハイマンス:私は実は別の方向からこの問題に取り組んでいます。目的に主導されていない者がその言葉だけをちゃっかりと使うリスクがあります。例えば、多 くの企業は現在、何らかの種類のCSR(企業の社会責任)プログラムを設けていますが、それは往々にして、企業活動が及ぼす中心的な影響に比べ、取るに足 らないものです。したがって企業は、毎日、地球に莫大なダメージを及ぼしながら、貧しい子どもたちに奨学金を提供することによっていい顔を装うことができ ます。これは、企業の及ぼす影響の実態から大きく目をそらせるものです。危険なのは、誰もが目的というマントで自らを覆い隠し始めることです。そうなる と、私たちがパーパスでやろうとしていることである、収益性を伴った社会的価値の創造を純粋に試みる能力を人々は失われてしまいます。

セラシ:少なくとも、こうしたアイデアは、より広く受け入れられるようになっているのはありませんか。中には、社会に無関心であり続けることを選ぶ人もいるとはいえ、今では、より多くの人々がこれらの言葉の意味を理解しています。無関心な人は必ずいるものです。

ハイマンス:そうですね。私たち二人を代表して、こう言えると思います。私たちは、この取り組みを美化しようとか、自分たちを何とかして聖人に見せようと かしているわけではないと。私は単に、人生の主な尺度が富の蓄積である人々と、創造的な分野に従事している人々や社会変革をもたらすことに取り組んでいる 人々 、つまり善意とうぬぼれがミックスした感情に動機づけられ、世界に爪あとを残し違いを生み出そうとしている人々とを区別しているだけです。そうした人々が 持つ進歩的な世界観ゆえに、パーパスで私たちがやっている仕事は、彼らに大きくアピールします。特筆すべきことは、彼らがたとえまるで異なった背景を持っ ていても、共通の世界観を有していることです。

セラシ:そう、共通の世界観、そして絶えず変化する世界観でもある。私は、Eメールを持たずに高校を卒業し、携帯電話を持たずに大学を卒業した特異な境目 の世代に属しています。ですから、私の世代の人間は、物事のやり方の面だけでなく、物事を行う際に受け取る情報量の面でも、劇的な変化を味わってきたわけ です。若い頃、よく旅をしました。でも当時は、例えばエジプトやシリアで何が起きているかを見るすべはありませんでした。たぶんニュースでは聞いたかもし れませんが、今のようにリアルタイムでは見えませんでした。世界自体が、今まで決してなかった形で人々の手に入るようなっているわけです。ですから、今、 成年に達しつつある若者たちは、非常に違った世界、絶えず変化している世界を見ていると予想しなければなりません。木曜には、ニューヨークにいる私の友人 の半分が、米国はシリアに戦争を仕掛けるべきだと考えていました。金曜には、彼らは心変わりしました。時代が違っていれば、たぶん大統領とごく側近の顧問 以外の誰にも提供されなかったはずの新しい情報のおかげです。つまり、考え方やとる立場が絶えず不安定になる可能性があるわけです。

ハイマンス:そうですね。状況が変わっても、人間の適応できる量は限られています。われわれ哺乳類の脳は、進化上の観点からは、今後100万年やそこらでは向上しませんから、私たちが過負荷を感じずに取り込むことのできる情報量は当然限られます。

セラシ:若者について語るとき、私たちは若者が生まれた時代とのからみで若者に言及します。もちろん、生まれた年がその人の世界観を形成するわけでは必ず しもありません。とはいえ、今の世界で若者が自分というものを実感するやり方には、何か根本的に異なるものがあると思います。おそらく、異なった様式の価 値観が。

ハイマンス:ええ、よりグローバルな物の見方と感受性ですね。自分の活動の中で私が立ち上げに手を貸したコミュニティを見てみると、そうしたコミュニティ を一つにまとめているのは、全員が環境保護主義者であるとか、全員がイラクでの戦争に反対しているとかいったことではありません。それよりむしろ、コスモ ポリタン的世界観を共有しているということです。今や誰もがこの世界観を共有していると考えるのは心をそそられますが、それは事実と異なります。世界中の ほとんどの人々は、同族への帰属化に基づく世界観を持っています。つまり、「これがわれわれのわれわれたる所以なのだから、何が何でもそれを死守しなけれ ばならない」というわけです。

セラシ:私の同族が ― あなたもそこに含めるつもりですが ― ほかと違うのは、私たち自身について、何よりもまず、互いの関係性の点から考える傾向があるという点です。9年ほど前、自己同一性の荒野をくぐり抜けてき た自分自身の道程にまつわる、Bye-Bye Babarというタイトルのエッセイを書きました。自分を何かに帰属させようとするたびに、それは正確ではないと人から言われることに私は気付いていまし た。私が「自分はアメリカ人だ」と言うと(実際、私は、こんな北東部アメリカ人のアクセントで話すよう最善を尽くしていますが)、英国生まれなのだから、 それは違うと必ず誰かが指摘するのです。私が「自分は英国人だ」と言うと、「いや、違う。だって、あの変なアメリカ風の ”r” で話すから」と言われる始末。母はナイジェリア出身ですが、もし私がナイジェリアに行って、「自分はナイジェリア人だ」と言えば、「いや、違う。だって、 ヨルバ語を話さないし、ここに長くいたわけでもないから」と言われるでしょう。だからひそかにこう思いました。「何なのよ。私にはアイデンティティがない じゃない」って。これは私にとって単なる哲学上の問題ではありませんでした。ほかの誰もが、私が何者であり何者でないと言えるかに関する権威のように思え ました。そのうち、たぶんこれは自分に限った話ではないだろうと思い始めました。ある国で生まれ、別の国で育った人や、両親の出身地が異なっている人は、 たぶんほかにもいるはずでした。Bye-Bye Babarを書いたとき、そうしたグループの人々を表すために「アフロポリタン(Afropolitan)」という言葉を使いました。私自身や、私の双子 の妹、いとこたち、友人たちのような、アフリカ大陸のある場所に明確な関係性を持っているのに、そうした関係性の複雑さについて、理由は何であれ、立って 説明するよう絶えず求められる人々です。このエッセイがたちまち話題を呼んだときは嬉しかったです。共感してくれる人が実は五万といることが分かって。

ハイマンス:「アフロポリタン」という言葉は、私が先ほど述べていたあのコスモポリタン的世界観を捉えています。アフロポリタンは、若くて文化に精通し、際立ってグローバルな物の見方を有しています。

セラシ:「アフロポリタン」はレッテルになってしまっていますが、それは決して私の意図するところではありませんでした。私が描き出そうとしていたのは経 験であって、個人ではありません。それは、自分がそれを生きてきてとてもよく熟知している経験であり、ほかの人たちも共有していると私が信じる経験でし た。それはある種の物の見方につながるのではないかと思いました。活動家になって変革をもたらしたいという強い動機に自然につながると思われる物の見方で す。
そのエッセイの中で、建築家のデイヴィッド・アジャイ(David Adjaye)のことに触れました。否応なく彼を変革の担い手にするような要素は、彼のキャリアには何も見当たりません。コミュニティの創造と再構成のた めのツールとして建築を信じているという点を除いては。そうした信念にしたところで、目新しいものでも、ひと味違ったものでもありません。ル・コルビュジ エやミース・ファン・デル・ローエも非常に似た見方をしていました。しかしアジャイは、ガーナ、タンザニア、アフロポリタン的なバックグラウンドから仕事 に臨み、それによってユニークな叡智を付加します。同じことは、テジュ・コール(Teju Cole)、チママンダ・アディーチェ(Chimamanda Adichie)、ノバイオレット・ブラワヨ(NoViolet Bulawayo)といった作家たちについても言えるでしょう。また、特定の政治家や特定のミュージシャンについても言えるでしょう。

「ニュー・パワーは、多数によってつくられます。それは開放的で、参加型で、仲間主導です。」
- ジェレミー・ハイマンス

ロンドンのチャイナタウンにあるジェレミーのお気に入りのホテルで、エゴンゼンダー・ブリュッセル&シンガポールのバウデヴェイン・アーツ(Boudewijn Arts)と、「Connecting Leaders」担当のウルリケ・クラウゼは、若手グローバル・エリートの期待と野望についてのディスカッションを催しました。
ロンドンのチャイナタウンにあるジェレミーのお気に入りのホテルで、エゴンゼンダー・ブリュッセル&シンガポールのバウデヴェイン・アーツ(Boudewijn Arts)と、「Connecting Leaders」担当のウルリケ・クラウゼは、若手グローバル・エリートの期待と野望についてのディスカッションを催しました。

ハイマンス:変革をもたらしたいという強い動機はどこから来ると思いますか。

セラシ:自分を理解するための十分な余地がない境遇に生まれついたなら、自分で余地をつくり出す必要があります。そして、余地をつくり出すには、変革をも たらす必要があります。私の母がいい例です。母は、女性に必ずしも教育は要らないと考える文化に生まれついた知的な女性でした。母は変革をもたらす必要が ありました。幼い頃から自分が受けるに値すると分かっていた教育を受けるための十分な余地を押し広げる必要が母にはありました。私のように、あなたは何々 ではないと絶えず言われ続ける文化に生まれついたとしたら、自分が何者であるかを自分自身で確立するほかありません。変革は必ずしも、道義上の高みのよう なところからもたらされるわけではありません。自分がなりたい者、自分がしようと思っている事と折り合いをつけるためには、自分の置かれている世界が何ら かのレベルで変わる必要があるという認識から変革はもたらされるのです。

ハイマンス:ご自身の経験についてのお話を伺っていると、実に共感するところがあります。私はオーストラリアの移民の子どもです。父はオランダ人です。父 は、ホロコーストの時代に隠れ家で生まれ、生まれて最初の2年間を屋根裏部屋で過ごしました。母はレバノン系ユダヤ人ですが、これはとても珍しいです。で すから両親とも、自分は異質だという意識を強く持っています。

セラシ:ご両親は、自分自身になるため、あなたを生み出すため、あなたが世界でまったく違和感を覚えなくて済むようにするために、余地をつくらなければな らなかったわけです。こうしたことは、変革をもたらしたいという強い動機のきわめて人間的な源だと思います。私の中では、これらは常に道義的な源に先行し ます。

ハイマンス:その通りだと思います。私はまさしく両親に恩義を感じます。特に、ホロコーストの生き残りであるという父の経験に。生き残りの中には、内向き になって、保護と安心という世界観に向かう人もいます。逆に、外向きになって、「これがわれわれの体験したことであり、それが二度と起きないようにしなけ ればならない」という人もいます。父は、外向きになるたちの人でした。父の場合、キャリアの大半はドキュメンタリー映画制作者で、ホロコーストや、アボリ ジニの窮状にまつわる映画をつくりました。父は、自分と家族を匿ってくれていたクリスチャンの家庭の玄関先にゲシュタポがやって来たときのことや、いかに して危機一髪で連行を免れたかについての恐ろしい話を聞かせてくれました。そうした話は、子ども時代の私に強いインパクトを与えました。父はいつもこう話 していました。「こんなことは二度と起こさないようにしよう。寛容の価値を受け入れよう」。これは私に責任感をもたらしました。私はそれを今の自分の仕事 に持ち込んでいます。オーストラリアは移民の子どもには安全な場所だったものの、ほかの面では気楽な場所ではありませんでした。育つにつれ、いくつものレ ベルで異質感を覚えました。いつも、違和感を覚えていました。私はゲイで、早くからそれに気付いていました。オーストラリアはきわめて「男っぽい」文化な ので、なぜ私が国をなんとか出たいと思っていたか、何でもかんでも受け入れてくれるニューヨークで今なぜこれほど居心地よくいられるのかは分かっていただ けるでしょう。ニューヨークのコスモポリタニズムに惹かれたのだと思います。ニューヨークは、より因襲的で閉鎖的な場所よりも、私には居心地よく感じられ ました。
国連で実習生として働くため21歳でニューヨークに来たとき、「神よ、ここは自分が自分になれる場所」と独り呟いたことを覚えています。ニューヨークにい ることは心を解放するものでした。オーストラリアの文化上の期待や制約から完全に逃れることができるような気がしました。

「自分を理解するための十分な余地がない境遇に生まれついたなら、自分で余地をつくり出す必要があります。そして、余地をつくり出すには、変革をもたらす必要があります。」
- タイエ・セラシ

セラシ:「我が家」の感覚はある程度、自分というものを思い出させてくれる人が身のまわりにいることからもたらされると思います。私や友人たちは、自分た ちのことを「同族(tribe)」と呼びます。同族が有するのは開かれたメンバーシップです。どんな種類、肌の色、信条の人も歓迎されます。ニューヨーク は、われわれ「同族民」でいっぱいです。私たちの多くは、ニューヨークに我が家を設けています。相違があるにもかかわらず、全員がその同じプロジェクトに かかわっています。私はニューヨークに移住したとき、全員があなたの言う異質感を共有しているように思える人々のコミュニティに加わりました。その多く は、祖父母の母国で生まれ育っており、ベルギー人やドイツ人、オーストラリア人をそのまま絵に描いたような人たちでした。それにもかかわらず、彼らは揃い も揃って、文化的主流からは距離を置く感覚を共有していました。私の異質感が、まったく異なるもの、もっとずっと内奥にあるものによって生み出されている ことを悟るようになったのはそのときです。それが、自分の同類の見つかる場所ならどこでも我が家という、私が今抱く感覚につながりました。これが示唆する ことは、コミュニティとアイデンティティは、どちらもフレキシブルなのだということだと思います。それらは移り変わります。ある日はここ、その次の日はあ そこという具合に。われわれはかつて、コミュニティづくりや、帰属意識の提供を国家に頼っていました。でも、時が経つにつれ、祖国はその点に関して求心力 を失いつつあります。コミュニティは、国家的アイデンティティの古い物語とは異なったストーリーを軸に形成されつつあります。パキスタンの作家、モーシ ン・ハミッド(Mohsin Hamid)は最近私にこう言いました。「私たちは皆、タイムトラベルをしている。自分はパキスタン出身だと言うことさえ、最近の歴史上のある時点には真 実ではなかった。そして、私が生まれたパキスタンは、私の父が生まれたパキスタンではない。それはまた、私の子どもたちがそこで育っているパキスタンとも 違う」と。

ハイマンス:これで話はまた、若者について前に話していたことへと戻ってきます。ナイジェリアであれ、ニューヨークであれ、いる場所を問わず、若者たち は、同じ価値観と同じストーリーを共有するほかの人々とコミュニティをつくる新しい方法を見つけつつあります。そしてもちろん今、彼らのほとんどはプロ デューサーです。毎日、コンテンツを制作しています。彼らは参加を、ほとんど譲ることのできない権利と見なし、ムーブメント構築と社会変革創出のプロセス に参画することを期待します。

セラシ:私もそれを認識しています。目下、アフリカのクリエイティブなミレニアル世代に発言権を与える「アフリペディア(Afripedia)」というド キュメンタリー・プロジェクトに取り組んでいます。彼らは、アフリカ大陸についてのメディア報道からはほぼまったく抜け落ちているものの、利害関係者(ス テークホルダー)であり、現在策定されつつある政策の中で生きることになるとともにアフリカの未来を形づくることになる人々です。こうした若者は一体どん な人間なのか。ジンバブエで生計を立てようと努力している26歳の若者を実際に知るようになれば、あるいは、今エジプトで暮らしている29歳の若者を本当 に理解するようになれば、人はこう言うでしょう。「これは馬鹿げている! なぜこうした若者たちの生活が国家によってこれほど厳しく制限されているのだ。彼のような人間の可能性を狭めるどんな権利が政府にあるというのか。」

ハイマンス:私たちが打つ最も効果的なキャンペーンではしばしば、例えばサハラ以南アフリカにおけるホモセクシュアリティの犯罪化などのような大きな問題を取り上げ、それを一人の人物のストーリーの形で具体化します。実際、人々はそうやって学ぶのです。

セラシ:ええ。たぶん自分がストーリーテラーのせいか、私の場合、問題をありありと実感するためには人物を常に必要します。いつも必ず。

ハイマンス:シリアに関する私たちのキャンペーンも同様のアプローチをとります。私たちの狙いは、取り上げるには「難しすぎる」題材に仕分けられてしまっ た問題、明確な善玉のいない問題を選び、人間的なストーリーによって人々を再び巻き込むことです。シリアは、国際社会に対する、ここ20年間でおそらく最 大のモラル上の挑戦でしょう。人口の3分の1が立ち退かされています。そうした人々の多くは中産階級です。彼らは教育があり、医師やエンジニアとして働い ています。欧米人とほぼ同様、郊外に住み、家族を養っています。彼らはおおかた宗教色のない人々であり、一部の人々が思っているような狂信的信者ではあり あません。

セラシ:メディアでも往々、狂信的信者だとほのめかされていますね。

ハイマンス:その通り。そして彼らは今、同じ状況に置かれたらわれわれもそうするであろうことをしています。食べ物がないので、ペットを食べざるを得ませ ん。裏庭の草を食べざるを得ません。そこで私たちは、シリアへの人道的援助の拡大と、一層野心的なことに、和平交渉のための言わば明確な政治的支持基盤を つくり出すという希望を抱いて、国際キャンペーンの企画に取り組んでいます。

セラシ:素晴らしいですね。それに取り組んでおられることを心から賞賛します。キャンペーンで何かお手伝いできることがあれば、どうぞ知らせてください。喜んで自分の時間を捧げます。

ハイマンス:ありがたいですね。たぶん、こうしたストーリーのいくつかを語る手助けをしていただけるでしょう。そうなれば素晴らしいです。野心的なキャンペーンと言わざるを得ませんが、試みるだけの価値はあります

「ナイジェリアであれ、ニューヨークであれ、いる場所を問わず、若者たちは、同じストーリーを共有するほかの人々とコミュニティをつくる新しい方法を見つけつつあります。」
- ジェレミー・ハイマンス



ジェレミー・ハイマンス(Jeremy Heimans)

社会志向のキャンペーンを展開し、新たな運動組織の立ち上げを支援し、既存企業と協力して企業活動に目的と参加意識を植え付ける組織である Purposeの共同設立者でCEO。1978年にオーストラリア・シドニーで生まれ、異例に若い頃から政治に興味を持つ。まだ少年のうちに、メディア企 業を立ち上げ、環境劣化や核拡散といった問題について政治家に働きかける。成人となった今、特に共通の大義によって個人個人が一つにまとまるときに個人が 行使する力を本能的に理解している。シドニー大学とハーバードのケネディスクールで学び、戦略コンサルタント会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーに就 職。2005年に、オンライン活動家グループのGetUp!を立ち上げる。GetUp!は今や、豪州の政治における主導的勢力となっている。2年後、 Avaaz.orgを共同設立。これは現在、約3500万人のメンバーを持つ世界最大のオンライン政治組織となっている。その後さらに、「人々によって主 導され、テクノロジーによって実現される」ムーブメントの立ち上げを目指した社会ビジネス、Purposeを設立。2011年、ダボスで開かれた世界経済 フォーラムは、ハイマンスを「ヤング・グローバル・リーダー」に指名。また、フォード財団の75周年記念ビジョナリー・アワード(Visionary Award)を受賞。2012年、Fast Company誌は、現代の「ビジネス界の最もクリエイティブな人物(Most Creative People in Business)」の1人に選出した。国籍はオーストラリアとオランダ。現在はニューヨークに在住。

タイエ・セラシ(Taiye Selasi)

ナイジェリアとガーナにルーツを持つ作家・写真家。学者一家の双子姉妹の姉として、1979年に英国ロンドンで生まれ、米国マサチューセッツ州ボ ストン郊外で育つ。子供時代は、知的好奇心に富み、学業成績に優れ、居心地の悪さをいつも感じていた。イェール大学では米国研究で学士号、オックスフォー ド大学では国際関係論で修士号を取得。以降は、短期間、ヘッジファンドマネジャーとして働くとともに、その後、テレビ業界で、有名人のインタビューやド キュメンタリーフィルムの制作に携わる。現在は、ニューヨークとローマで時間の半分ずつを過ごし、アフリカ大陸以外で教育を受けアフリカ以外に現在居を構 えるアフリカ系の人々が共有する複雑な運命を文字通り体現している。2005年の画期的なエッセイ、Bye-Bye Barbarでは、高等教育と幸福を海外に求めて1960年代~1970年代に母国を離れたアフリカ人の両親のもとに生まれた、多くは複合的な血統の、こ の若者世代を表すため、「アフロポリタン」という言葉をつくり出した。2013年には処女小説Ghana Must Goを出版。この小説は、高水準の学業成績と職業的成功に恵まれながらも、分離感に苛まれ、アイデンティティの問題を探求する家族という、彼女自身の家族 とよく似た、高学歴のコスモポリタン的アフリカ系家族の物語を描いている。同書は広く絶賛され、Wall Street Journal紙とThe Economist誌から2013年の最優良図書10作品の1つに選定された。先ごろ、Granta Magazine誌から英国の若手作家ベスト20の1人に選ばれた。

写真: Fritz Beck

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